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神戸地方裁判所尼崎支部 平成4年(ワ)287号 判決 1996年2月27日

原告

若林和弘

右訴訟代理人弁護士

原田紀敏

被告

神戸市

右代表者市長

笹山幸俊

右訴訟代理人弁護士

中嶋徹

高島健

被告

福田鋼機株式会社

右代表者代表取締役

福田貞夫

右訴訟代理人弁護士

田口公丈

新原一世

浜口卯一

主文

一  原告の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

被告らは、原告に対し、それぞれ、三三〇八万八三八五円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

被告らは、原告に対し、それぞれ、五五一万〇〇八五円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告神戸市の答弁

1  原告の被告神戸市に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

三  請求の趣旨に対する被告福田鋼機株式会社の答弁

1  原告の被告福田鋼機株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(以下では、被告神戸市を「被告市」、被告福田鋼機株式会社を「被告会社」と表記する。)

【請求原因】

一  原告と被告会社との契約

原告は、被告会社から、昭和六三年一〇月四日、別紙物件目録記載一及び二の各土地(以下一括して「本件土地」という。)並びに同目録記載三の建物(以下「本件建物」という。)を次の約定により買い受けた(この契約を以下「本件契約」という。)。

1 代金

二七二四万五七〇〇円(当初の代金は二四八〇万円であったところ、追加工事のため増額された。)

2 所有権移転登記及び不動産引渡しの時期

被告会社が本件建物を平成元年八月までに完成し、原告が売買残代金を支払うのと引換えに、被告会社は本件土地建物の所有権移転登記手続及び引渡しをするものとする。

二  本件建物の建築中止に至る経緯

1 原告は、平成元年一月三一日、本件建物につき被告市建築主事高橋博之(以下、氏名は省略する。)から建築確認(以下「本件確認処分」という。)を得、本件建物は平成元年五月に上棟式も済み、基礎工事、柱、周壁、屋根等が完成された。

2 訴外岡田明(以下「岡田」という。)は、平成元年六月ころ、被告市に対し、本件建物の敷地即ち本件土地に北側で接している通路部分(以下「北側通路部分」という。)は自己所有の私有地であり、これについて通行使用を承諾していないのに被告市建築主事が本件建物につき建築確認をしたことを指摘し、被告市に対し、被告会社に建築工事の中止勧告をすることを申し入れた。

3 右2の岡田の申入を受けて、被告市建築課職員細川勝國(以下「細川」という。)は、被告会社に対し、平成元年六月一五日ころ、本件道路は建築基準法(以下「基準法」という。)四二条一項三号にいう道路でなく、したがって本件土地は同法四三条一項本文のいわゆる接道要件を満たさないことを理由として、北側通路部分を通行するについて岡田の承諾を得られるまで本件建物の建築を中止されたい旨の行政指導(以下「本件行政指導」という。)をし、右指導を受けて、そのころ本件建物建築工事は中止された。

三  被告市の国家賠償責任

1 主位的主張

(一) 被告市は、その備付図面により、北側通路部分を基準法四二条一項三号にいう道路(以下「法四二条一項三号道路」という。)として市民に公示していたのであり、本件確認処分はこれを前提にされた適法なものであるから、岡田の本件建物建築中止勧告の申入には根拠がなく、したがって、被告市は岡田の右申入を拒否すべきであった。しかしながら、岡田が被告市の開発行政に事実上大きな影響力を有する人物であったことから、被告市は、岡田の右申入に応じる旨決定した。

(二) 細川は、右決定に従い、被告会社に対し、故意又は過失に基づき、岡田より北側通路部分使用の同意を得るまでは工事を中止されたい旨の(また、暗に、工事を続行すれば基準法に基づき本件確認処分を取消し、又は本件建物建築工事の中止命令を出す旨の)違法な本件行政指導をし、これにより被告会社に本件建物建築工事を中止させた。

2 予備的主張

仮に、本件確認処分が、基準法の実体的要件に合致せず、本来されるべきではなかったとしても、以下の事実が存在するので、被告市は、被告市建築主事が、原告に対し、適法な建築確認を経て本件土地建物を問題なく取得することができるとの信頼を与えたことについて、不法行為の責任がある。

(一) 本件建物の建築確認申請(以下「本件申請」という。)がされた際、被告市建築主事は、現況図面と写真の提供を求めただけで、それ以外に北側通路部分が基準法上の接道要件を満たす道路であることを窺わせる資料の提出は、一切これを求めなかった。

(二) 被告市においては、その備付けの図面において、基準法上の道路の位置関係等を公示していたところ、右図面においては、北側通路部分は接道要件を具備する基準法上の道路である旨の公示がされていた。そこで、被告市建築主事は、北側通路部分が基準法上の道路であって、同法四三条一項本文の接道要件を具備するものと軽信し、本件申請に対し、誤って本件確認処分をした。

(三) 以上の経過のもとで、原告は、建築確認を経た以上、何ら問題なく本件土地建物を取得しうるものと信頼していたところ、前記のとおり本件建物建築は中止され、右信頼が裏切られたものである。

四  被告会社の責任

1 主位的主張

本件確認処分は適法にされたものであるから、被告会社は本件行政指導に従う必要はなく、これを拒絶すべきであった。にもかかわらず、被告会社は右指導を受け入れ、原告に対し、平成元年七月ころ、本件建物工事を一旦中止する旨申し出、その後は原告が工事続行を求めてもこれに応じることなく、平成三年三月三〇日には、本件契約を白紙解約する旨通告し、以後本件契約を履行する意思のないことを明らかにした。これは、被告会社が自らの意思で本件契約の履行不能を招来したものであるから、填補賠償責任を負うべきである。

2 予備的主張

仮に、本件確認処分が、基準法の実体的要件に合致せず、本来されるべきではなかったとしても、以下の事実が存在するので、被告会社は、原告に対し、適法な建築確認を経て本件土地建物を問題なく取得することができるとの信頼を与えたことについて、債務不履行の責任がある。

(一) 被告会社は、本件土地建物を購入者の居住用不動産として売り出していたのであるから、当然に、北側通路部分を含む本件土地に接する通路(以下「本件周辺通路」という。)を購入者が通行地として使用できることが本件契約の前提とされていた。したがって、被告会社には、本件契約に付随して、適法に建築確認を得て、本件周辺通路を原告をして通行地として使用することを可能ならしめる義務があり、そのためには、本件周辺通路が購入者(原告)の通行使用の可能なものであるかを調査すべき義務があった。

(二) そして、実際に、被告会社は、本件契約締結以前から、本件周辺通路が私道であることを知悉していたから、その所有者に接触し、的確な調査を尽くせば、本件周辺通路が基準法の実体的要件を具備し、問題なく建築確認が下りるような道路であるか否かについても、容易に判断することができたはずである。

(三) ところが、被告会社は、本件周辺通路の権利関係等につき、何一つ調査らしきものをしなかった。

(四) そして、右建築確認申請をするに当たっては、購入者(原告)に代わって、被告会社が、その選定依頼する建築士にこれを行わせることとされていたので、被告会社は右申請事務を後保明建築士(以下「後建築士」という。)に依頼し、後建築士が被告会社の履行補助者として本件申請をした。ところで、本件土地は基準法上の接道要件を具備していなかったものであるが、後建築士は、被告市備付けの図面に北側道路が法四三条一項三号道路として公示されていたことからこれを軽信して本件申請をし、その結果、被告市建築主事によって本来されるべきでなかった本件確認処分がされたものである。そうすると、右の事態の招来は、被告会社の債務不履行を構成するものというべきである。

(五) 以上の経過のもとで、原告は、本件確認処分を経た以上、何ら問題なく本件土地建物を取得しうるものと信頼していたところ、前記のとおり本件建物建築は中止され、右信頼が裏切られたものである。

五  損害

原告が被告市の職員である細川の違法な行政指導及び被告会社の債務不履行(履行不能)によって被った損害は、以下の1ないし4の合計三三〇八万八三八五円である。そして、前記三2及び四2記載の予備的主張(前者については不法行為、後者については債務不履行)に対応する損害(信頼利益)は、以下の2ないし4の合計五五一万〇〇八五円である。

1 原告の逸失利益 二七五七万八三〇〇円

被告市職員の不法行為及び被告会社の債務不履行により、原告は現在もなお本件土地建物を取得することができず、今後も取得できる見込みはなくなった。

本件土地建物の現在の時価は五四八二万四〇〇〇円であるところ、原告は、右金額と売買代金総額二七二四万五七〇〇円との差額である二七五七万八三〇〇円の損害を被った。

2 原告の支払家賃相当額の損害一一六万〇〇八五円

原告は、本件土地建物を購入する以前より家賃月額三万六七九五円(平成三年四月から三万七〇八五円、同年一〇月から三万九七四五円)で賃借建物に居住していたが、右のとおり被告市職員の不法行為や被告会社の債務不履行により、平成元年八月までに本件建物に転居することができず、同年九月分以降平成四年三月分までで合計一一六万〇〇八五円の家賃の支払いを余儀なくされ、同額の損害を被った。

3 慰籍料 三〇〇万円

原告は長年の夢であったマイホームをようやく購入したところ、被告市職員の不法行為や、被告会社の極めて不誠実な対応によって入居が不可能となったのであって、甚大な精神的苦痛を被った。これを慰籍するには、三〇〇万円を下らない額をもってするのが相当である。

4 弁護士費用 一三五万円

原告は、本訴提起のため訴訟代理人弁護士に着手金として三五万円を支払い、報酬として一〇〇万円の支払いを約した。

六  よって、原告は、以下のとおりの支払を求める。

1 被告市に対して

国家賠償法一条一項に基づき、主位的には三三〇八万八三八五円、予備的には五五一万〇〇八五円及びこれらに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日の平成四年四月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払。

2 被告会社に対して

本件契約の債務不履行に基づき、主位的には三三〇八万八三八五円、予備的には五五一万〇〇八五円及びこれらに対する前記平成四年四月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払。

【請求原因に対する被告市の認否】

一  請求原因一(原告と被告会社との契約)について

請求原因一の各事実はいずれも不知。

二  請求原因二(本件建物の建築中止に至る経緯)について

請求原因二の各事実はいずれも認める。

三  請求原因三(被告市の国家賠償責任)について

1 請求原因三1(一)及び(二)のうち、細川が、被告市の決定に従い、被告会社に対し、岡田より北側通路部分使用の同意を得るまでは本件建物建築工事を中止されたい旨の本件行政指導をした事実は認め、その余の事実は不知又は否認し、主張は争う。

2 同2のうち、(一)の事実は認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

四  請求原因五(損害)について

請求原因五1ないし4の事実はいずれも不知。

【被告市の主張(抗弁事実を含む)】

一  本件行政指導の合理性及び故意・過失の不存在

岡田からの本件建物建築工事中止勧告の申入を受けて、被告市が改めて調査したところによれば、①北側通路部分及び本件土地の西側に接する通路部分(以下「西側通路部分」という。)は、昭和三六年三月三一日まで旧国鉄所有の雑種地又は鉄道用地であり、これを岡田が昭和四六年八月一七日に取得した岡田の私有地であって、基準法四二条一項三号にいう「この章の規定が適用されるに至った際」即ち旧有馬郡道場村が被告市に合併された昭和二六年七月一日に存在していた道ではないこと、②昭和二六年七月一日時点で北側通路部分の位置に道が存在していたとしても、その幅員は四メートルであったと思料されること、③なお、昭和二六年七月一日の時点で北側通路部分の位置に道が存在していたとしても、その時点で現に建築物が立ち並んでいたとは考えられず、基準法四二条二項のいわゆるみなし道路にも該当する余地はないものと思料されること等からみて、北側通路部分は基準法上の道路ではないことが判明した(なお、被告市備付けの図面は、道路法による道路の位置を示すものに過ぎず、同図面を根拠に法四二条一項三号道路であるか否かが明らかにされるものではない。)。

したがって、本件土地は基準法四三条一項本文に定める接道要件を充たさず、北側通路部分所有者である岡田の同意を得ない限り(基準法四三条一項ただし書き参照)本件建物の敷地としては不適法であった。さらに、岡田の同意を得なければ、本件建物完成後の居住にも支障が生じかねないのみならず、工事自体、岡田の私有地を通行しなければ行い得なかった。そこで、細川は、本件申請を事実上行っていた後建築士及び被告会社に対し、岡田から通路使用の同意を得ること、及び同意を得るまで本件建物の建築工事を中止することを要請したものである。

被告市としては、本件土地が基準法四三条一項本文の接道要件を具備しないことが明らかになった時点で本件確認処分を取り消すことも可能であったが、既に工事が相当程度進捗していたこと等を考慮して、道路所有者岡田の同意を得させる方が妥当と判断したものであって、この判断に従って細川がした本件行政指導は合理的な措置ということができるし、右指導は恣意的なものではなかったから、故意・過失があったことにもならない。

二  因果関係の不存在

本件行政指導は、法的強制力を伴わない事実上の協力要請に過ぎない(本件建物建築工事を続行することによって、本件確認処分を取り消すとか、工事の中止命令を発するとかいう、被告市建築主事の権限を背景としてされた要請ではない。)。本件建物建築工事が頓挫したのは、岡田から通行使用の同意を得られなかった被告会社が任意に建築中止に踏み切った結果である。

したがって、本件行政指導と、原告の、本件土地建物を取得することができなかったことによる損害の発生との間には因果関係が存しない。

三  侵害の軽微性

原告は、本件土地建物につき結局において所有権を取得していないし、原告が将来本件土地建物の所有権を取得しうる地位というものを観念するとしても、それは被侵害利益の前提となるほどに強固なものとはいい得ない。

したがって、本件行政指導は違法性がないことに帰する。

四  本件確認処分をしたことについての故意・過失の不存在

建築主事の確認は、あくまで建築主の申請内容を前提とし、それが建築確認法規に適合しているかどうかを抽象的に判断し、適合している場合には確認を拒否することはできないものである。

ところで、後建築士が本件建築確認申請書と併せて提出した添付図書のうちの配置図には「法第四二条第一項第三号道路」の記載があり、その幅員について四・六〇〇の表示があった。また、被告市建築主事が建築確認申請事務の整理のために使用している住宅地図をみたところ、本件土地の西側部分には既に数件の家が立ち並んでいた。

したがって、被告市建築主事が相当の注意を払っても、本件申請に錯誤があることを発見することは困難であったから、被告市建築主事が本件確認処分をするにあたり職務上の注意を怠ったことにはならず、国家賠償法一条一項の故意・過失は存在しなかった。

【被告市の主張に対する原告の認否】

事実関係についてはいずれも不知又は否認し、法的主張は争う。

【請求原因に対する被告会社の認否】

一  請求原因一(原告と被告会社との契約)について

請求原因一の各事実はいずれも認める。

二  請求原因二(本件建物の建築中止に至る経緯)について

請求原因二の各事実はいずれも認める。

三  請求原因四(被告会社の債務不履行責任)について

1 請求原因四1のうち、被告会社が、本件行政指導を受け入れ、原告に対し、平成元年七月ころ、本件建物建築工事を一旦中止するよう申し出、平成三年三月三〇日には、本件契約を白紙解約する旨通告し、以下本件契約を履行する意思のないことを明らかにした事実は認め、その余の主張は争う。

2 同2(一)ないし(五)の各事実は否認し、主張は争う。

四  請求原因五(損害)について

請求原因五1ないし4の事実はいずれも不知ないし否認する。

【被告会社の主張(抗弁事実を含む)】

一  履行不能についての責めに帰すべき事由(故意・過失等)の不存在

以下の事実が存在するので、本件建物の建築及び本件土地建物の引渡ができなくなったことは、被告会社において予見不可能であり、また、回避不可能であったから、被告会社に責めに帰すべき事由(故意・過失等)は存しない。

1 被告会社は、不動産売買を業として行っているものではなく、本件契約の締結に至る事実上の事務処理や右契約の履行行為は全て宅地建物取引を業とするフクダ住建株式会社(以下「フクダ住建」という。)にこれを依頼していた(担当者は住友克次)のであって、本件申請手続も、フクダ住建が、その遂行を業として行っている後建築士に依頼し、後建築士がこれに応じて行ったものであった。

2 後建築士が、右申請に先立ち、土地家屋調査を専門とする吉田土地家屋調査士事務所の馬場を通じて、被告市の道路管理課に赴き、本件周辺通路の状況を調査したところ、その備付けの図面では、一般通行のできる公道として赤線で表示されていた。したがって、本件土地と周辺道路との関係については基準法上の接道要件を具備する適法なものとされていたのであって、本件申請は右の事情に基づいてされたものであり、また、被告市建築主事のした本件確認処分も、右図面に基づいてされたものであった。

3 被告会社は、岡田の本件建物建築中止勧告の申入を無条件で容認した被告市から、細川を通じて、適法な建築確認通知を得ていた本件建物建築工事を中止するように突然指導(本件行政指導)されたが、右指導に至る過程において、被告会社は一切関与の余地がなかった。

4 本件契約の履行行為を被告会社から依頼されていたフクダ住建は、宅地建物取引業者として、行政機関の監督指導の下に業務を営んできたものであり、被告市の細川を通じた本件行政指導に従わずに本件建物建築工事を続行することは、事実上不可能であった。

また、本件行政指導がされた後も、フクダ住建、したがって被告会社は、本件建物建築を続行すべく、北側通路部分の使用承諾を得るために何度も岡田との交渉の機会をもったが、岡田は容易に承諾しようとはせず、さらには法外な通行承諾料(二〇〇〇万円)を要求し、その後行方不明になるに至った。

二  解除権留保の特約

1 原告と被告会社との間で、本件契約の際、本件建物が建築できなくなった場合には無条件で解約することができる旨の特約がされた。

2 右一4のとおり、岡田から北側通路部分の使用承諾を得て基準法の要請を充たすことは不可能となった。

3 被告会社が平成三年三月三〇日にした本件契約を解除する旨の意思表示は、右1の特約に基づくものである。

三  原告に対し、適法な建築確認を経て、本件土地建物が問題なく取得できるとの信頼を与えた点についての責めに帰すべき事由(故意・過失等)の不存在

右一の1、2の事情に照らせば、本件確認処分は、その申請の準備段階から処分がされるに至るまで、専門家と権限ある者の判断に基づいて処理されてきたものであり、被告会社としては、このような判断を尊重せざるを得ないから、被告会社に対し、建築確認申請手続に関してこれ以上の注意義務を課せられることはないというべきである。

したがって、仮に、本件確認処分が本来されるべきでなかったものであるにもかかわらず、原告が、本件確認処分に瑕疵がなく、本件土地建物を問題なく取得できるとの信頼を寄せたことが認められるとしても、これについて、被告会社に責めに帰すべき事由(故意・過失等)はなかった。

【被告会社の主張に対する原告の認否】

事実関係はいずれも不知又は否認し、法的主張は争う。

ことに、本件契約に付随してされた特約は、本件土地が天災によって崩れ、本件建物が物理的に建てられなくなったり、原告が申し込んだローンが下りなかったりした場合を想定した規定に過ぎず、本件に適用するのは誤りである。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因一(原告と被告会社との間の契約)の各事実は、原告と被告市との間では原告本人尋問の結果によって成立の認められる甲第三号証及び弁論の全趣旨によって成立の認められる甲第四号証並びに弁論の全趣旨によってこれを認め、原告と被告会社との間では争いがない。また、請求原因二の各事実は、全当事者間で争いがない。

二  右の事実に、原告と被告市との間では証人住友克次の証言によって成立を認め、原告と被告会社との間では成立に争いがない甲第五号証、成立に争いのない甲第六号証、原告と被告市との間では官署作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分については証人住友克次の証言によって成立が認められ、原告と被告会社との間では成立に争いのない甲第一三号証、原告と被告市との間では証人後保明の証言によって成立が認められ、原告と被告会社との間では成立に争いのない甲第一五号証、原告と被告市との間では弁論の全趣旨によって成立が認められ、原告と被告会社との間では成立に争いがない乙第二ないし第四号証、証人住友克次の証言によって成立の認められる乙第五号証、弁論の全趣旨によって成立の認められる丙第二号証の一ないし三、被写体、撮影者及び撮影日時につき原告と被告市との間では争いがなく、原告と被告会社との間では弁論の全趣旨によってこれらが認められる丙第六号証の一ないし五(なお、書込部分については証人高橋博之の証言及び弁論の全趣旨によって後建築士の作成したものであることを認める。)、原告と被告市との間では成立に争いがなく、原告と被告会社との間では弁論の全趣旨によって成立を認める丙第七号証の一、二、証人細川勝國の証言によって成立の認められる丙第一〇号証、原告と被告市との間で成立に争いがなく、原告と被告会社との間では弁論の全趣旨によって成立が認められる丙第一一号証、弁論の全趣旨によって成立の認められる丙第一二号証、被写体につき原告と被告市との間で争いがなく(原告と被告会社との間では弁論の全趣旨によってこれを認める。)、撮影者が細川勝國であること及び撮影日時が平成元年六月一四日であることは証人細川勝國の証言及び弁論の全趣旨によってこれらが認められる検丙第一号証の一、二、証人後保明、同高橋博之、同住友克次、同細川勝國の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  宅地建物取引を業とするフクダ住建は、昭和六三年夏ころ、被告会社の依頼を受けて、本件土地上の建物の建売広告を新聞等に出した。同じころ、原告は、フクダ住建に本件土地及び建築予定の建物を紹介してもらい、本件土地建物を購入することを決意した。

2  フクダ住建は、後建築士に対し、昭和六三年秋ころ、不動産業者を通じて、本件建物建築の前提となる建築確認申請の依頼をした。フクダ住建において後建築士との交渉を担当したのは、住友克次(以下「住友」という。)であった。

後建築士は、吉田土地家屋調査士事務所の馬場吉一を通じて被告市土木局道路管理課に赴き、その備付けの地図を参照して本件周辺道路の状況を調査した。その結果、後建築士は、西側通路部分は私道であり、北側通路部分は公道であるが、いずれにしても、両通路部分とも基準法四二条一項三号にいう「この章の規定が適用されるに至った際現に存在する道」であることは間違いないであろうと判断し、これらの道路が法四二条一項三号道路であるとの前提で、建築確認申請を行うこととした。

なお、このころ、後建築士は、フクダ住建に対し、被告市備付けの地図に赤線が引いてあったので、公道扱いになる旨の説明をしたことがあり、また、住友は、原告に対し、本件周辺通路は建物を建築することに支障のない道路である旨の説明をしたことがあった。

3  原告と被告会社との間で、昭和六三年一〇月四日、本件契約が締結された。

また、同日、右契約を仲介したフクダ住建から、原告に対し、重要事項説明書(甲第五号証)も交付された。そこには、「敷地と道路との関係」として、「四メートル幅の私道に接し、間口が11.7メートル接している。」旨の記載がされていた。

なお、遅くとも本件契約が締結されたころには、本件建物の建築確認申請事務は、被告会社及びフクダ住建側で一切これを行う旨、原告と被告会社及びフクダ住建との間で合意がされており、また、住友は、原告に対し、本件周辺通路は通行が可能な道路である旨の説明をしていた。

4  後建築士は、昭和六三年一二月二三日、本件申請をした。申請に当たって、後建築士は、添付図書として、本件土地とその周辺を示す配置図(甲第一三号証)を提出したが、そこには、北側通路部分の幅員は4.600メートル、西側通路部分のそれは5.300メートルであること、及びこれらの通路部分は法四二条一項三号道路であることを示す書き込みがされていた。後建築士は、また、併せて写真(丙第六号証の一ないし五)も提出したが、そこには、北側通路部分について、幅員が4.60メートルであり、法四二条一項三号道路であることを示す書き込みがされていた。

5  本件申請後の平成元年一月ころ、被告市住宅局建築部審査課では、西側通路部分が基準法四二条一項三号にいう「この章の規定が適用されるに至った際現に存在する道」ではなく、基準法上の道路に該当しない可能性があることに気づき、この点につき後建築士に注意を喚起したことがあった。もっとも、審査課としては、仮に西側通路部分が基準法上の道路ではないとしても、北側通路部分が要件を満たしていれば建築確認を出すことに問題はないところ、本件確認申請書添付の配置図においては北側通路部分も法四二条一項三号道路(幅員4.600メートルと記載)と表示されており、実務上、明らかな証拠資料がないかぎり現況の幅員から基準時(「この章の規定が適用されるにいたった」時。)の幅員を推定するという扱いをしていることから、本件確認処分をなすのに問題はないとの認識を有していた。

また、審査課から指摘を受けた後建築士も、たとえ西側通路部分が法四二条一項三号道路とはいえないとしても、北側通路部分が同号の道路である以上、本件において建築確認をすることに問題はなく、特に別途の措置をとる必要はないものと判断した。

6  被告市建築主事は、平成元年一月三一日、本件確認処分をした。

7  本件建物は平成元年五月一八日ころには上棟していた。

8  岡田は、平成元年六月八日、被告市住宅局審査課に連絡し、以下のとおりの申入をした。

(一)  本件周辺通路のうち本件土地に接する部分は、自己(岡田)所有地であるところ、この部分を他人が通行することを承諾したことはない。

(二)  右(一)の自己(岡田)所有地を道路として通行使用することを前提として、本件建物につき建築確認がされている。

(三)  そのような前提のもとに建築確認申請がされたのであれば、不実記載の申請である。

(四)  したがって、直ちに本件建物建築工事を中止させられたい。さもなければバリケードをする。

岡田の右申入れを受けて、細川は、直ちに後建築士に、北側通路部分が私道らしいので、事情を調べて報告に来てほしい旨連絡した。

9  細川は、岡田の申出を受けて、以下のとおりの調査をした。

(一)  平成元年六月九日、本件周辺通路となっている土地の所有関係を調べるため、法務局に臨み登記簿・字限図等を閲覧し登記簿謄本を取ってきたが、岡田の所有地が本件土地周辺に広大に存在することはわかったものの、本件土地との関係が明確ではなかった。また、周辺の建物の建築時期を調べたが、基準法が適用される以前から建っていたものは把握できなかった。

(二)  このころ、被告市土木局道路管理課に赴き、同課備付けの岡田と被告市との間の境界明示図を参照するなどして、岡田所有地と公道部分との境界を調査した。その結果、本件土地に接する北側通路部分が公道ではなかったことが明らかになった。

(三)  さらに、このころ、昭和三〇年当時の三〇〇〇分の一の地形図を調べ、また、水道局に行って水道管の敷設状況をも調べた。その結果、水道管が引かれているのは本件土地の北東角よりやや東側までであって、岡田私有地については引かれていなかったことが確認された。

(四)  また、このころ、昭和三〇年代に作成された地形図及びみなし道路調査図を参照した。これらによれば、昭和三〇年代においては、本件土地の北側部分及び西側部分に全面的に接する道路は存在せず、北側部分の東端の部分に幅員四メートルに満たない道路がわずかに接しているだけであったことが確認された。

10  細川は、右9の調査を経て、本件周辺通路は、法四二条一項三号道路ではなかったとの心証を得るに至った。その結果、細川は、本件土地が基準法四三条一項本文の接道義務の要件を充たさないものであるため、北側通路部分の所有者である岡田に通行承諾をもらうことによって、同項ただし書きによる救済を図ろうとした。

11  その後、細川と後建築士との間で、平成元年六月一三日、話し合いの機会が持たれた。この際、後建築士は、登記簿謄本と測量図(丙第一二号証)を持参したが、この測量図には本件土地及び右土地の最北東端部に接する形で里道の位置が示されていた。細川は、右測量図を指摘して、里道と書いてある部分が公道であるが、これは本件土地の北側部分全体にまでは接してはいないこと、本件周辺通路の存在する部分は岡田所有地であることに言及するとともに、本件建物に関して既に建築確認はされているが、客観的に基準法上の要件を満たさないことを指摘した。

これに対して、後建築士は、事前に被告市土木局道路管理課で公道であると聞いたのでそれに基づいて申請したのであり、落ち度はないと思う旨、言明した。

細川は、この工事を円満に進めるため、工事を一時中止して岡田と話し合うように要請し、後建築士は、同日、フクダ住建に事情を報告した。

12  なお、細川は、平成元年六月一四日、本件土地に臨場し、現況調査も行ったが、その結果、現時点においても、北側通路部分は、本件土地の前部以外は幅員四メートルに満たない状況であることが明らかとなった。

13  住友は、平成元年六月一五日、被告市に来庁して細川と面談した。このとき、細川は、住友に対し、大要、①当方で調査したところ、公道は本件土地の手前で終わっている。②現状では、本件土地は基準法上の道路に接していないことになる。③所有者(岡田)から北側通路部分の通行使用につき承諾が得られるならば基準法四三条一項ただし書きを適用して救済したい。④故に、岡田と交渉して承諾を得てほしい。⑤承諾を得るまで工事を一時中止してほしい旨を述べて、行政指導をした。

14  細川は、平成元年七月一四日、同月二五日、同年九月一四日、翌平成二年五月二七日の計四回にわたって岡田宅を訪れ、本件建物建築が円満に続行できるように理解を求めた。また、細川は、その間、フクダ住建に対しても、岡田と話し合いのうえ問題を解決するように重ねて要請した。岡田は、細川や住友(フクダ住建の担当者)に対しては、本件との関係で通行を承諾すると、他の者との権利関係にも波及すること等を指摘し、協力に応じようとはしなかった。

15  フクダ住建は、その営業(宅地建物取引業)の関係で今後も被告市住宅局建築部審査課から建築審査を受けなければならないことも考えれば、同審査課の意向即ち本件行政指導は尊重すべきであると判断し、また、岡田との接触を経ても事態が好転しないこと(岡田は絶対通行を認めないといい張ったこと等)を踏まえ、原告に対し、数次にわたり、口頭で、被告会社を代理して本件契約の解消を求めたが、原告はこれに応じようとしなかった。そこで、フクダ住建は、被告会社を代理して、原告に対し、平成三年三月二三日、本件契約を解約する旨の意思表示をした。

16  原告は、平成三年五月二八日、尼崎簡易裁判所に対し、本件紛争につき調停を申し立てた。調停の過程で、再度岡田を説得してはどうかという話も出たが、岡田は平成三年八月ころ行方不明となり、その結果、調停は不調となった。

17  原告は、このころまでには、本件契約代金内金四七〇万円を被告会社に、また仲介手数料四一万四〇六〇円をフクダ住建に、それぞれ支払っていたところ、被告会社は、平成三年一二月六日、本件契約を解除したことに伴い、右契約代金内金に遅延利息を付した合計額四七四万一七三五円を神戸地方法務局尼崎支局に供託した。また、フクダ住建も、同日、右仲介手数料に遅延利息を付した合計額四一万七七三七円を右支局に供託した。その後、原告は、被告会社及びフクダ住建が供託した右各供託金につき還付請求をし、既にこれを受領済みである。

三  次に、被告らの責任の検討に先立って、本件確認処分が基準法の実体規定に合致するものであったかにつき按ずるに、既に認定した事実及び原告と被告市との間で成立に争いがなく、原告と被告会社との間では弁論の全趣旨によって成立を認める丙第一号証、前示丙第二号証の一ないし三及び第一二号証、弁論の全趣旨によって成立を認める丙第一三号証並びに弁論の全趣旨を併せれば、①北側通路部分及び西側通路部分のうち、本件土地に接する部分は、いずれも昭和四六年八月一六日岡田が売買によって取得した神戸市北区(取得当時は兵庫区)道場町日下部字浦ノ川原七一六番のこの土地の一部であること、②昭和三八年一一月ころには、本件土地の西側部分は土囲であって道路ではなかったこと、③昭和三八年ころにあっても、本件土地の北側部分に全面的に接するような道路は存在せず、昭和三〇年代には同部分の東端部分に幅員四メートルに満たない道路がわずかに接しているだけであったことがそれぞれ認められる。

そして、本件土地及びその周辺の土地が所在していた旧有馬郡道場村が神戸市に合併され、基準法第三章の規定の適用を受けるに至った時期は昭和二六年七月一日であるところ、右に認定した事実に照らせば、北側通路部分及び西側通路部分が、昭和二六年七月一日の時点で、四メートル以上の幅員を有して現に存在していたとの事実を推認することはできない。

そうすると、本件周辺通路は法四二条一項三号道路ではないというべきである。ところが、後建築士は、本件周辺通路が法四二条一項三号道路であるとの前提で本件申請を行い、被告市建築主事は、西側通路部分についてはともかく、北側通路部分についてはこれを法四二条一項三号道路であると誤った認定をした上、本件確認処分をしたことに帰する。

なお、後建築士による本件申請が仮に法四二条一項三号道路としてではなく、基準法四二条二項にいう道路(いわゆるみなし道路。以下「法四二条二項道路」という。)として申請されたものであったとしても、①前記のとおり昭和二六年七月一日の時点では、本件土地の西側部分には道路が存在せず、また②前記のとおり本件土地の北側東端部分にわずかに接する通路はあったが、前示丙第二号証の一ないし三、第一三号証によれば、右通路は、昭和三八年ころまで、本件土地から東側の集落に至る約一〇〇メートル程度にわたって、建築物が立ち並んではいない状況にあったものと認められるから、西側通路部分及び北側通路部分ともに、法四二条二項道路としての実体的要件を欠いていたというべきである。

四  以上を前提として、被告市の責任について検討する。

1  まず、原告は、細川のした本件行政指導が違法であると主張する(主位的主張)ので、この点を検討する。

(一) 本件確認処分は、本来法四二条一項三号道路ということのできない北側通路部分につき、誤ってこれを法四二条一項三号道路と認定した結果なされ、細川は、岡田の申出を契機としてそのことに気づいたものであること、北側通路部分は、法四二条二項道路の要件も具備しないこと、さらに、西側通路部分は、法四二条一項三号道路及び同条二項道路双方の要件を具備しないことは前判示のとおりであり、ほかに本件周辺通路が基準法上の道路の要件を具備していることを窺わせる事実を認めるに足りる証拠はない。そして、建築主事の確認がされたからといって、当該建築物の建築計画が実体的に適法化されるものではない。そうすると、細川において、本件確認処分が右のとおり誤った認定のもとでされたことに気づいた後、本件建物の建築を放置すれば、基準法四三条一項本文の接道要件を具備しない違法建築物(特定行政庁による是正措置の対象となり得る。)が完成することにならざるを得ないことが明らかであったというべきである。

(二) また、本件周辺通路のうち本件土地に接する部分は岡田の所有地であり、岡田は、本件建物建築工事(右岡田所有地を使用せざるを得ない。)の中止を求め、さもなければバリケードをする旨申し入れたことも前判示のとおりである(本件周辺通路が基準法上の道路であるなら、それが公道であると私道であるとを問わず、常時一般交通の用に供することを義務づけられていると解され、したがって岡田の右申入は不当な要求であるといえようが、前判示のとおり本件周辺通路は基準法上の道路ではないのであるから、岡田の右申入には理由がないとはいえないことになる。)。

(三) 右(一)及び(二)の事情を踏まえ、細川は、岡田から、本件周辺通路特に北側通路部分のうち岡田所有部分について通行承諾を得ることによって、基準法四三条一項ただし書きに基づき同項本文の接道義務違反を救済すべきであると判断したものであることも既に判示した。前示検丙第一号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、岡田の被告市に対する申出や本件行政指導のあった平成元年六月の時点で、本件建物の建築は相当程度進捗していたことが認められ、このことに照らせば、細川の右判断は、合理性を有し、妥当なものであるというべきである。

(四) 前判示のとおり、細川は、住友に対し、平成元年六月一五日、岡田に本件周辺通路ことに北側通路部分のうち岡田の所有に属する部分について使用承諾が得られるまで、本件工事を中止してほしい旨述べて行政指導をしたが、それ以上に、細川が、本件工事を続行すれば本件確認処分を取り消し、あるいは工事中止命令を出すというような強硬な発言をしたと認めるに足りる的確な証拠はなく、かえって、前判示のとおり、細川は、右行政指導をした後も、数次にわたって自ら岡田宅を訪れ、承諾を得ようとしているのであり、本件建物建築を適法化し、これを完遂させようと努力していたものである。

(五) 以上判示した諸点を総合すれば、本件行政指導は適法かつ妥当なものであったというべきであり、この点につき、本件行政指導が違法であったとか、細川に注意義務違反があったとかいうことはできないから、原告の主位的主張の請求は、原告主張の損害の有無につき判断するまでもなく、認めることができない。

2  次に、原告は、被告市建築主事が、本件申請を受理するに当たり、本件周辺通路が基準法の実体的要件を具備するものであることを窺わせる資料の提出を求めず、北側通路部分が法四二条一項三号道路であると軽信して、誤って本件確認処分をしたことを責任原因として主張する(予備的主張)ので、この点を検討する。

(一) 建築主事の確認は、確認申請書に明示されている事項について、申請建築物の計画が基準法等の法令が定める客観的基準に適合するかどうかを判断するものであって、右建築確認に際し、建築主事において、申請建築物の敷地を現地調査したり、同土地の使用権原の有無を調査したりすることまでは要求されておらず、書面審理の対象となる申請書及び添付図書の記載自体から不実過誤が存することが明白であり、そのことを建築主事が容易に看破しえた等の特段の事情がない限り、記載内容に基づく形式的な審査をすることをもって足り、右記載内容と現地の状況や真実の権利関係が合致していなかったとしても、そのような審査に基づいてされた建築確認自体は違法とはならないものと解するのが相当である。

(二)  そして、証人高橋博之の証言によれば、被告市住宅局建築部審査課においては、建築確認申請があった場合、通常は、以下の方法で審査をしていることが認められ、この認定を左右するに足りる的確な証拠はない。即ち、①基本的には、申請者の提出する申請書及び添付図書(配置図を含む。)に基づく書面審査をするのであって、現場審査は、申請内容が現場と相違していることが明らかである等の事情がないかぎりこれを行わない(建築計画に示された敷地に接する道路の幅員が基準法に合致しているか等も、添付図書によって判定している。)。②権利関係書類の添付は特にこれを求めてはいない。③敷地や道路周辺の写真を任意に提出してもらう扱いにしている。④基準法四三条一項本文の接道要件の審査は、右のとおり基本的には申請書及び添付図書記載の図面によってされるが、補足的に、参考資料として、写真及び市販住宅地図を参照する。⑤ほかに、被告市土木局で作成したみなし道路調査図(昭和五〇年代に測量した地図。その中には、昭和三〇年代の測量結果もわかるようにしてある。)を参照している。もっとも、みなし道路調査図は、公道・私道の区別や幅員を十分に明らかにするものではなく、幅員は、確認申請書添付の図面で確認するだけである。

右の事実によれば、被告市住宅局建築部審査課において建築主事が建築確認申請を受けて審査するに当たっては、基本的には右(一)に説示したところに合致した適切な方法によっているものということができる。

(三)  ところで、本件申請に当たって、後建築士が、添付図書として、本件土地とその周辺を示す配置図(甲第一三号証)を提出したが、そこには、北側通路部分の幅員が4.600メートル、西側通路部分のそれが5.300メートルであり、これらの通路部分は法四二条一項三号道路であることを示す書き込みがされていたこと、及び、後建築士は併せて写真(丙第六号証の一ないし五)も提出したが、そこには、北側通路部分につき幅員が4.60メートルであり、法四二条一項三号道路であることを示す書き込みがされていたことは前判示のとおりであるところ、このような添付図書の記載内容及び写真(書込部分の記載内容を含む。)を前提とすれば、被告市建築主事としては、北側通路部分が法四二条一項三号通路であるとの認定に至ったことは合理的というべきである。

もっとも、被告市建築主事は、本件申請の審査の過程で、申請書及び添付図書のほか、被告市備付けのみなし道路調査図を参照したことは前判示のとおりであるところ、前示丙第一三号証に照らせば、右調査図からは、昭和三〇年代の地形図で存在が確認されている道が、四メートル以上の幅員をもって本件土地に二メートル以上接していたことを窺うことはできなかったと認められるから、被告市建築主事が右調査図を参照した時点で、西側通路部分はもとより、北側通路部分も、法四二条一項三号道路には該当しないのではないかとの疑いを持ち得たとも考えられないではない。しかしながら、前判示のとおり、建築主事は、建築確認申請の審理に当たっては、原則として申請書と添付図書から形式的に判断すれば足りるのであって、これらの書面が審理における第一次的かつ最重要な資料となるものであるとともに、被告市備付けのみなし道路調査図はあくまで参考資料としての地位を占めるに過ぎないものであるところ、本件建築確認申請書及び添付図書(特に配置図)並びに現場写真からは北側通路部分が法四二条一項三号道路であると認定することが合理的である以上、これに加えて右認定に反する内容を含むみなし道路調査図を参照したとしても、右認定の合理性を左右するものではないというべきである。

そして、ほかに、本件申請自体に不実過誤が存することが客観的に明白で、そのことを容易に看破することが可能であったとの判断を基礎づけるに足りる特段の事情の存在を窺わせる証拠はない。

(四)  以上によれば、被告市建築主事が、本件申請を受理するに当たり、本件周辺通路が基準法の実体的要件を具備するものであることを窺わせる資料の提出を求めなかったこと、及び、北側通路部分が法四二条一項三号道路であると認定して本件確認処分をしたことにつき違法性や故意・過失は認められないから、これらの点につき被告市に責任があるということはできない。

五  進んで、被告会社の責任について検討する。

1  原告は、被告会社が、本件行政指導を拒絶して本件契約を履行すべきであったにもかかわらず、本件契約を履行しない意思を明確にしたことから、右契約は被告会社の責めに帰する履行不能に陥ったと主張し(主位的主張)、被告会社はこれに対し、右履行不能については責めに帰すべき事由(故意・過失等)がないこと及び右契約は特約に基づいて正当に解除されたことを主張するので、これらにつき、以下検討する。

(一)  被告会社がフクダ住建(担当者住友)を通じて本件行政指導を受け、以後フクダ住建に本件建物の建築工事を続行させることをせず、平成三年三月三〇日、原告に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をして、右契約を履行する意思がないことを明らかにしたことは前判示のとおりであり、これによれば、本件契約は、もはや被告会社の任意の履行を期待することができなくなったのであるから、履行不能に陥ったものというべきである。

(二)  ところで、前示甲第三号証によれば、原告と被告会社との間で本件契約が締結された際、併せて、「居住用建物が建築できない場合は白紙解約とする。」旨の特約(以下「本件特約」という。)がされたことが認められるところ、原告は、本件特約の趣旨につき、本件土地が天災によって崩れ、本件建物が物理的に建てられなくなったり、原告が申し込んだローンが下りなかったりした場合を想定したものであり、本件のように建築確認上の問題が生じたため建築中止を求める行政指導があった場合に適用するのは誤りであると主張する。

この点、証人住友克次の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件契約締結時に、住友から、本件特約は、例えば風水害その他天変地異があった場合等に適用される規定である旨の説明を受けたこと、他方、住友は、この際、右特約は建築確認上のトラブルが生じた場合にも適用され得るものであることを明示的に説明したことはなかったことがそれぞれ認められる。

しかしながら、前示甲第三号証によれば、本件特約については、原告主張の如き条件ないし適用場面を限定した文言は付加記載されていないことが認められ、また、前判示のとおり、本件申請がされたのは本件契約締結後のことであり、本件契約当時において、原告と被告会社及びフクダ住建との間では、本件申請手続はフクダ住建側で処理する約束になっていたというのであるから、原告及び被告会社の双方とも、建築確認の申請とこれに基づく確認処分が将来の手続として残されていることを前提として本件契約をしたものであることは明らかである。このような事情のもとでは、天変地異があった場合やローンが下りなかった場合等に適用場面を限定する趣旨で本件特約がされたと推測することは合理的でなく、将来建築確認に関連して問題が発生し、その結果事実上又は法律上、本件建物建築が不可能になった場合をも射程に納めた上で本件特約がされたと解することが相当である。

(三)  そして、本件周辺通路は、基準法上の道路ということができず、本件土地は、そのままでは基準法四三条一項本文の接道要件を具備しないから、細川が本件建物建築を放置していれば、本件建物は違法建築物(特定行政庁による是正措置の対象となり得る。)とならざるを得ないものであったこと、そのため細川は基準法四三条一項ただし書きによる救済を図るべく本件行政指導をしたこと、このような細川の措置は合理性があり、妥当なものというべきであることは前判示のとおりであり、これらの事情によれば、被告会社が、本件行政指導を拒絶することなく、これを受け入れ、本件建物建築を中断して岡田と接触し、本件周辺通路ことに北側通路部分使用の承諾をとりつけようとしたことは、相当な措置として是認することができ、非難に値しない。

さらに、被告会社のこのような岡田との接触(及び細川による数次にわたる岡田に対する説得)にもかかわらず、岡田が前記通行を認めない強固な態度を維持し、本件周辺通路の通行使用を承諾しないまま行方不明になったことは前判示のとおりであり、これによれば、岡田の承諾を得て基準法四三条一項ただし書きの要件を充たし本件建物建築を適法ならしめることは事実上不可能に至ったというべきである。なお、原告は、被告会社において、本件契約に付随して、本件周辺通路を原告をして通行地として使用することを可能ならしめる義務がある旨主張するが、仮にそうであったとしても、岡田が前記の強固な態度を維持してその後行方不明になったため、同人に翻意させて右通路を確保することは不可能であったと認められるから、右義務を履行することは到底できなかったというべきである。そうすると、この場合、被告会社は本件特約に基づく解除をすることができるので、前記解除の意思表示によって、本件契約は遡及的に消滅したというべきである。

(四)  以上によれば、本件契約が有効に存続していることを前提とする原告の主位的主張の請求は、損害の有無等につき判断するまでもなく、認めることができない。

2  さらに、原告は、本件契約に付随して、被告会社は適法に建築確認を得る義務があるにもかかわらず、本件周辺通路の権利関係等につき調査を怠り、かつ、本件申請事務を依頼した(即ち実質的な履行補助者であった)後建築士が北側通路部分を法四二条一項三号道路であると軽信してそのことを前提とする本件申請をし、その結果被告市建築主事に本件確認処分をさせたことを責任原因(債務不履行)として主張し(予備的主張)、これに基づく信頼利益の賠償を求めるので、検討する。

(一)  被告会社が、本件建物を建築し、これを建売住宅としてその敷地の本件土地とともに売りに出したことは前判示のとおりであり、これに前記二に判示の経緯等を総合すれば、被告会社は、本件契約締結のころ、これに付随して、被告会社が原告名義をもって建築確認申請をすることを約定していたと推認できないでもない。そして、右経緯等によれば、被告会社は、右建築確認申請をして適法な建築確認を得る義務を原告に対し負担しており、そのためには、被告会社は、本件申請をするに当たって、事前に本件土地が基準法上の接道要件を具備していることを調査し、これを確認しておく義務があったといえないこともない。しかるに、前記認定の本件申請(これは、後建築士が被告会社の履行補助者としてしたものと解される。)については、本件土地が基準法上の接道要件を具備していないために、本来されるべきではなかった本件確認処分がされたことは、前判示のとおりであるところ、前記認定の経緯等によれば、この場合被告会社が右義務を尽くしていれば、その過程において、本件周辺通路が基準法上の道路としての要件を充たさないものであることを看破しえた可能性もないとはいえないものである。そうすると、右の事態の招来は、被告会社の債務不履行を構成すると認めうる余地がある。

(二)  しかしながら、以下のとおり、原告が主張する支払家賃相当額、慰藉料及び弁護士費用は、いずれも、原告が予備的に主張する債務不履行の損害として認めることはできない。

(1) 原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件契約締結以前から現在に至るまで同一の賃借家屋に居住していることが認められるところ、前判示のとおり、本件契約は被告会社の本件特約に基づく解除によって遡及的に消滅したのであるから、原告において本件確認処分が適法であって、本件土地建物を問題なく取得することができるとの信頼を寄せたか否かにかかわらず、また、そのような信頼を与えるにつき被告会社に落ち度があったか否かにかかわらず、原告は居住の対価として右賃借家屋の賃料を支払わざるを得なかったのである。そうすると、支払家賃相当額は、原告が右のような信頼を寄せたことによって生じた損害ということができないことは明らかである。

(2) 本件特約に基づきされた本件契約の解除は正当なものであり、原告はこれを受容せざるを得ないものであること、及び、本件契約に基づいて原告が支出した金額は、供託金を原告自ら受領したことによって既にその回収がされていることは、前判示のとおりである。そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件契約が解除された後、現在に至るも別途土地建物を購入したことはないこと、及び、原告は、本件土地建物の購入に伴って、親戚(親)から新築祝(前祝)として金員を受領したが、本件土地建物を取得できると信頼して、前記支出金以外に、特段の出捐(新築祝の倍返し等)をしたことがないことが認められる。以上の事情を総合すれば、仮に、被告会社が原告に対し、本件確認処分が適法であって、本件土地建物を問題なく取得できるとの信頼を与えたことについて落ち度があったとしても、そのことにより原告に賠償すべき精神的損害があったと認めることはできないというべきである(なお、右認定事実によれば、原告は、本件土地建物を取得できないために、新築祝を貰った親に対し、少々面目ない思いをしたことを認めえないでもないが、その程度の事柄を賠償すべき精神的損害であると認めることは困難である。)。

(3) また、以上説示の事情を総合すれば、仮に、被告会社が原告に対し、本件確認処分が適法であって、本件土地建物を問題なく取得できるとの信頼を与えたことについて落ち度があったとしても、そのことと、原告の弁護士費用の支払及び同約束との間に、相当因果関係があると認めることはできない。

六  結論

以上の次第で、原告の被告らに対する各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑末記 裁判官徳岡由美子 裁判官大島雅弘)

別紙物件目録<省略>

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